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第3話 佐伯花子の半生

مؤلف: 文月 澪
last update تاريخ النشر: 2025-12-05 19:51:49

 わたし、佐伯  花子の生きた15年は他人のものだった。

 蝶よ花よと可愛がられ、姫と呼ばれ、欲しいものは何でも与えられていた姉。その姉が負うであろう苦労を、生涯肩代わりするための生贄であり奴隷だと言い聞かされてきたのだ。

 両親は贔屓目ひいきめに見ても平々凡々な人間で、これと言った特徴もない。普通の会社員の父、普通の主婦の母。そんな2人に天使が舞い降りたのが、わたしにとっての不運だった。

 姉は超絶と言っていいほどの美少女だ。当然周りは放っておかず、町内でも人気の子供だったと母は繰り返す。平凡な人生が、突如として衆目を集めたのだから両親も浮足立ったのだろう。

 母は、この可愛い我が子が社会に揉まれるなど耐えきれないと嘆き、わたしを作ったと言っていた。赤ん坊の時期は、世話するのが苦痛だったとも。

 本格的なネグレクトが始まったのは、小学校に上がる頃。幼稚園にも行かせてもらえず、物心ついた時には家事を教え込まれていた。両親の様子から、本当は小学校も行かせたくないのだろうと感じていたのを覚えている。

 でも義務教育を受けさせない訳にはいかず、給食費などは顔に叩きつけられ、舌打ちまでされる始末。部屋は階段下の物置で布団も敷けず、膝を抱えて眠るしかない。お風呂も食事も満足に与えられなかったから、いつも薄汚れていた。

 そんな子供が学校に通っていれば、噂はすぐに広まる。担当教諭も、何度か家を訪れていた。でも母は臆する事もせず、逆に教諭を諭す有様。わたしを救い出そうと熱心だった教諭も、次第に遠ざかっていった。

 10才になると早朝から新聞配達のバイトをさせられた。そのあと帰宅して炊事洗濯を済ませ、学校が終わったら急いで帰り掃除に洗濯の取り込み、買い物に行って食事の用意に後片付け。家族が団欒だんらんを過ごしている間も、わたしは家事に追われていた。勿論、放課後に友達と遊んだ記憶などない。

 家事が終われば、将来良い仕事をして姉に貢ぐためにと夜遅くまで勉強を強いられ、話し相手になるために姉が興味を持った、所謂いわゆるオタクと言われる分野の知識も詰め込まれた。詳しすぎても癇癪を起こすので、中々に匙加減が難しい。

 そして少しでもミスをすると、暴力を振るわれるのだ。

「ねぇ、姫のおやつは? 姫、お腹空いた」

 姉がそう言うと、母がすぐさま飛んできて頬を叩く。

「この愚図! 姫を飢え死にさせる気!? ああ、可哀そうな私の姫……ちょっと、いつまでサボってんの!? さっさと買いに行けよ!」

 そうして、わたしは頬の痛みに耐えながら近所のコンビニまで走り、帰れば更に暴力を振るわれる。

 そんな事が日常茶飯事で、飾り付けのトマトが他よりひとつ少ないだの、ジュースを飲もうとしたらコップに水の跡が付いていただの、そんな些細な事で容赦なく折檻せっかんを受けていた。

 最初はどの家庭でも、こういうものだと思っていた。小学校に上がるまでは外に出る事もまれで、友人もおらず、1日を家で過ごしていたから。

 でも、小学校高学年の頃になると時折学友が心配して声をかけてくれるようになった。それをわたしは無下に断り、蔑ろにしてしまっていたのだ。今思えば、助けを求めるいい口実だったのに。この頃のわたしはまだ家族の在り方を勘違いしていて、中学に上がる頃には声をかけてくれる友人も徐々に減っていった。

 それでも学友や先生に接する内、あるいは勉強の最中に調べ物でネットや書物に触れる時、姉の趣味であるオタク知識を仕入れる時など、追々にして自分の家族が異常なのだと気付いていった。両親の失敗を挙げるとすれば、姉のためにと知識を自由に得られる環境を作った事だろう。

 わたしはそんな血の繋がりさえ疑わしい家族と早々に縁を切り、逃げ出す算段を立て始めていた。

 今年中学を卒業し、隣町にある高校へ進学が決まっている。将来的に見ても、職に就きやすい商業高校だ。そこまでの交通費さえ出してくれず、どこから持ってきたのか、歪んだ自転車を押し付けられた。そしてバイトができる年齢にもなり、新聞配達からより時給の高い、コンビニの夜勤を勝手に決められている。

 けれど考え方を変えれば、その時間は両親の目が届かないともいえる。今までは近所の公立中学だったせいで、どこから情報が洩れるか分からなかったから迂闊に動けなかった。両親は虐待している認識を持っていなかったし、小・中学時代も授業参観や三者面談に来る事はなく、先生に丸投げ。連絡のプリントにさえ目を通さなかった。

 きっと高校でも同じはずだ。隣町ともなればなおさらに。わたしのために、時間や金銭を使うとは到底思えない。その隙をついて、家を出る決意をしていた。高校も、密かに合格を辞退している。もちろん両親は知らない事だ。辞退の手続きに行った日、中学からも事情を聴いているのか、事務員は憐れむような目でわたしを見ていた。

 家事の合間に引き出しや、洗濯物のポケットから見つけた小銭をコツコツと貯め、隣県まで行くだけの運賃を貯めている。住み込みの仕事も、既に旅館の求人を見つけていた。あとは実際に赴き、面接を受けるだけだ。

 そして、待ち侘びた中学卒業のあの日。

 当然、両親は卒業式には来ない。あの日は姉の通う私立校も卒業式で休日だったから、わたしを置いて2泊3日の旅行に行っていて不在だったのだ。この機を逃す手はないと、家を出る準備を密かにしていた。

 最後のホームルームを終えると、わたしは走って帰途につく。荒い息も気にせず、力の限りに。

 あの角を曲がれば、家まであと少し。

 やっとこの呪縛から解き放たれる。

 歓喜に湧く心臓は早鐘を打ち、狂気にも似た笑みが零れた。

 だけど、わたしの期待は見事に砕かれてしまう。

 角を曲がった瞬間、視界が暗転して、意識が途切れた

 そしてあの青年に出会ったのだ。

 二度と帰る事のできない、悪夢の案内人に。

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